ハピネス!
‐幸せを引き寄せる気づきのレッスン‐
2009.04.25 ON RELEASE
ブラジルで140万部を記録した「叡智と情熱の書」ついに日本上陸!
人生の成功とは、幸せになることです。そして、人を幸せにすることです。そのことを私たちは、人生を通じて学ぶのです。本当の成功は、幸せとともになければならない。それが、この本のテーマです。
生きることは、夢をかなえる芸術です。人間の心には、夢を見るための内なる力が絶えず存在します。だからこそ、自分の信念には注意しましょう。何かを強く信じるなら、それはその通り実現するのですから。
PROLOGUE
ある人生の記録
それは彼にとって、人生最期の日だった。でも、彼はそのことを知らなかった。その日の朝、彼はいつもより眠気を感じていた。疲れてもいた。前の晩、遅くまで起きていたし、ベッドに入ってもなかなか寝つけなかったのだ。しかし、もう少し眠ろうという考えをすぐに捨て、片づけなければならない膨大な仕事のことに頭を切り替えた。いつも通りに顔を洗い、髭を剃った。ここ数日、眠れない夜が続いたせいで、顔からは生気がうせ、目元にはクマができていたが、気に留めることはなかった。
剃り残した髭にさえ気がつかなかった。
「人生なんて所詮、味気ない毎日ばかり。それをどう埋め合わせるかだよな」
彼は身支度を整えながら考えていた。
コーヒーを飲み干し、気のない「おはよう」を呟き、妻が見送りのキスをしようとするのを避けながら家を出た。結婚して何年もたつのに、彼女の瞳は今でも恋する女性の愛らしさをたたえていることを彼は見過ごしていた。それより、家にいないことの多い彼に不満をぶつけ、もっと一緒に時間を過ごすべきだと言いつのる妻が理解できなかった。
彼女が求める上流の暮らしを維持しているだけで十分ではないのか、と思っていたのだ。
彼には、車のエンジンを暖めたり、尻尾を振る犬に笑いかけたりする余裕もなかった。キーを回し、アクセルをふかした。ラジオをつけたら、ロベルト・カルロスの昔の歌が流れてきた。
「私たち二人の間のほんの些細なこと……」
人生の些細なことなんかに構っちゃいられないよ、と彼は思った。ロベルト・カルロスの日曜のテレビ番組を楽しみにしていたこともあったが、それは今よりのんびりできた昔のことだ。
彼は携帯電話を取り出し、娘に電話をした。孫が初めて歩いたと聞いて、思わず微笑がこぼれた。しかし、この前、孫の顔を見に行ったときのことに話が及び、娘からランチに誘われると我に返った。孫と一緒に過ごしたいのはやまやまだが、仕事をすっぽかすわけにはいかないと、その考えを押しのけた。娘の誘いに礼を言い、その日は無理だと答えた。
「それなら来週の週末は?」
娘は諦めようとしなかった。長く会っていないし、ぜひ一緒にランチをしようと言った。でも、彼の答えは同じだった。
「本当に時間がないんだ」
会社に着いた彼は、社員とろくに挨拶さえ交わさなかった。予定がびっしり詰まっていて、すぐ仕事に取りかかることが大事だったからだ。価値ある人間は、たわいもない世間話で時間を無駄にしたりはしないと、彼は信じていた。
ランチタイムになった。彼は秘書にサンドイッチとダイエットソーダを頼んだ。コレステロール値が高く、検査する必要があったが、その時間は来月まで取れそうになかった。午後の会議で使う書類に目を通しながら、ランチを食べ始めた。何を食べているのかなんて、まったく頭になかった。
電話の音が聞こえたとき、彼は少しめまいを感じ、目が霞んだ。同じ症状が出たとき、医者が言ったことを思い出した。
「ちゃんと検査しないとダメですよ」
でも、大したことはない、強めのブラックコーヒーでも飲めば何とかなるだろうと彼は決め込んだ。
ランチを終え、歯を磨き、自分の机に戻った。
「光陰矢の如し、か」
彼はぼんやりと思った。目を通すべき書類、下すべき決断、引き受けるべき責任。そうしたものがどんどん増えていく。すべて計画通りに進むわけでもない。彼は部下のマネジャーを怒鳴りつけ、責任を果たすよう求めた。取締役会が彼に結果を出すことを求めているのだ。そんなことさえ分からない部下がいるものだろうか、と彼は思った。
会議に遅れそうになったので、エレベータが来るのを待ちきれず、彼は階段を二段ずつ駆け下りた。ビルの地下にある駐車場が数マイルも先、地底の奥深くにあるかのように感じられた。
車に乗り込み、エンジンをかけたとき、再び不快感がこみ上げてきた。今度は胸の鋭い痛みだ。だんだん息が苦しくなり……、痛みが増し……、乗り込んだ車が消え……、周りの車がすべて消え……。柱、壁、ドア、日の光、天井のライト。彼の目には、もはや何も映らなかった。
代わりに、馴染み深い光景が心に浮かび上がってきた。まるで誰かがスローモーションのボタンを押したかのように。一枚一枚、彼はそれを眺めていった。妻、幼い孫、娘、彼が最も愛した一人ひとりを。
「俺はなぜ、娘や孫と一緒にランチをしなかったんだろう?」
「朝、家を出るとき、妻は何て言ってたっけ?」
「この前の休み、なんで友達と釣りに行かなかったのだろう?」
胸の痛みは止まなかった。でも、彼の心には「後悔」という名の別の痛みがうずきだしていた。閉塞した静脈と引き裂かれた魂。彼にはどちらの痛みが大きいのか、もはや区別することさえできなかった。
彼は、心の中で何かが壊れる音を聞いた。彼の眼から、静かに涙があふれ出た。
彼は思った。
生きたい。もう一度、チャンスが欲しい。家に戻って妻にキスしたい。
娘を抱きしめて、おちびちゃんと遊んで……。できるなら、できるなら……。
しかし、彼にはもう、どんな時間も残されてはいなかった。
LESSON 1
幸せを命じられたら?
——そして、師は人々に言った。
「ある男が神に向かって、どんな犠牲を払ってでも、世界中の苦しみを減らすことが私の願いです、と言ったとしよう。そして、神がそれに応えたとしたら、この男は命じられた通り犠牲を払うべきだろうか」
「もちろんですとも! それが神の望みであるのなら、地獄の拷問を受けることさえ彼にとっては喜びでしょう!」師はさらに尋ねた。
「拷問がどんなものか、務めがどんなに難しいものかは問題であろうか?」
「もし神が望むなら、絞首刑にされることも名誉であり、木に打ち付けられ火あぶりに処されることも栄光となるでしょう」
「では、あなたたちは何を行なうのか?」
師は民衆に向かって尋ねた。
「もし、神があなたがたに直接、生きている限りはずっとこの世で、幸せでいるようにと命じたとしたら」
人々は黙り込み、一人の声も物音でさえ、丘や谷の向こうには聞こえなかった——。
リチャード・バック『幻想』より
LESSON 5
樫のように、竹のように
人生とは問うことであり、問うこと以外には何もありません。私たちは、すべてを唯々諾々と受け入れてはなりません。私たちは尋ね、探し、理解し、そしてより奥深くへと進んでいかなければなりません。
しかし、ただ受け入れるしかない瞬間や状況があります。人生のルールが当てはまらない状況は、人間の力を超えた大災害だけでなく、誰にも避けられない細々したトラブルについてもしばしば起こります。
もし、あなたの町で洪水が起こったら、怒ったり、隣で運転するドライバーに毒づいたりしても無意味です。雨の中、交通渋滞はなくなりません。車が動かなくてミーティングに遅れたのですか?
それもあなたの人生の一部であり、絶望したところでどうにもなりません。もちろん、車の渋滞や洪水があなたの人生でよくあることなら、何とかする方法を見つける時期です。
もし、突然あなたの愛する人がガンだと分かったら、動揺し、落ち込み、自暴自棄になるのは仕方ありません。できることといえば、現実と向き合い、何をしてあげられるか考え、そばに居て、一緒にできるだけ楽しい時間を過ごし、そして良いときも悪いときも乗り越える覚悟をすることです。
小さいときに親をなくしながら、その状況を受けとめ生きている人たちがいます。彼らは痛みを受け入れ、自分の経験とうまく折り合いをつけています。その一方で、あらゆる希望を失い、一生、被害者のように振る舞い、失ったものを悲しみ、ずっと悲嘆にくれている人もいます。
こうした態度は、幸福だけでなく、何ものも生み出しません。
こんな詩があります。
「神さま、私にお与えください。自分に変えられないものを受け入れられる落ち着きを。変えられるものは変えていく勇気を。そして、二つのものを見分けるかしこさを」
私たちは、樫の木のように堅く、竹のように柔軟でなければなりません。賢者とは、山のように堅固でありながら、かつ水のように変幻自在な人のことです。もし、樫の木の堅さしかなければ、自分を変えるには大きな抵抗がともないます。竹の柔軟さしかなければ、無節操に陥ります。
仏陀はいつもこうおっしゃったそうです。
「左のポケットには鍵を、右のポケットには一握りの砂をいつも持ち歩きなさい。鍵は、自分が宇宙の皇帝であり自分の人生を支配していることを思い起こさせる。一握りの砂は、自分が砂粒のようにちっぽけな存在であることを思い起こさせる。我々はこの広大な宇宙の一部であり、エネルギーに満ちているとともに、この地球上でどれほどの大きさを持つ存在か、正確に知っておかなければならない」
私自身、インドへ行った際、導師から次のようなことを言われました。
「毎日を気持ち良く過ごすためには、五分ほど芝生に立って、そこを歩いているアリをじっと観察してみなさい。そうすれば、力がわいてきて、誰より強いと感じるでしょう。次に、太陽と月を見て、自分がどれだけちっぽけか認識しなさい。我々は、同時にその両方であるのです」
子供を前にすると、絶大な権力を持ったかのように感じる人がいます。しかし、こうした人に限って、職場では劣等感を抱いているものです。私たちは自分の力を悟り、自分がどれほど小さく、同時にどれほど大きいかを理解しなければなりません。それが、人間という存在の核心を解き明かす秘密なのです。



